🔶インド仏跡の旅 82年

アジャンター・エローラ遺跡

アジャンター遺跡(①~⑦)は、ワーグラー川沿いに500mにわたってある30の仏教窟院群です。中は多くの石窟僧院(僧房、僧院)と塔院(本堂、仏殿)に分かれており、特に壁画の蓮華手菩薩像は有名で、法隆寺金堂の勢至菩薩像に影響を与えたといわれています。エローラ遺跡(⑧~⑩)は、アジャンターと同様に山の崖下に連なる全部で34窟の二種類の石窟群です。こちらは、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の石窟からなります。

サールナート考古学博物館

現在は、この博物館内は撮影禁止です。でも、以前は自由に撮れましたので大事な2枚の写真を載せました。①アショーカ王柱の上に載っていた4頭の獅子の彫刻です。これは、インド政府の国章になっており、お金にもこの絵が印刷されています。②お釈迦様の初転法輪像です。端正で慈愛に満ちた表情をしており、最も評判の高い像です。

ラダック レー

レーは、ヒマラヤ山脈の北側、インダス河上流にある海抜3500mのラダック王国の首都であった街です。岩山の上には王宮があります。9層の石と乾燥レンガで建てられた王宮は、ラサのポタラ宮殿のモデルになりました。その隣には、ゴンパ(ラマ教の僧院)が立っています。

カトマンドゥ(ネパール)

ネパールの首都カドマンドゥ①は、標高1400mの盆地にあります。ボダナート②~④は、高さ36mのネパール最大の仏塔(ストゥーパ)。上部に描かれた眼が世界を見渡しているそうです。⑤は、ブダニールカンパで、ヴィシュヌ神が池に横たわっています。⑥は、ダルバール広場でチベット仏教寺院が集まっているところです。⑦スワヤンブー(モンキーテンプル)の登り口です。

その他

①タージ・マハル。ムガル皇帝シャー・ジャハンの妃ムムターズ・マハルのお墓です。金曜で無料の日。②アグラ城。シャー・ジャハンは、息子によって幽閉されたこの城からタージ・マハルを眺めていました。③アウラングゼーブ帝の妃のお墓。④ジャイプルにあるハワー・マハル(風の宮殿)。⑤ファーティマスィークリ。アクバル帝が10年間都した場所。⑥お釈迦様が通った霊鷲山への道。以前はよく盗賊が出たので、ライフルを持った警察官と一緒に集団で必ず上がりました。⑦多宝山から見た霊鷲山と日本山の僧。⑧⑨ブッダガヤのマハーボーディー寺院。以前、中心に祀られていたお釈迦様の像です。⑩ブダガヤのチベット寺にあった大きなマニ車。⑪サーンチーの仏塔(山の上)。⑪⑫インド人。

🔶チベット仏跡の旅 中国 85年

ジョカン寺(大昭寺)

 ラサ旧市街の中心にある寺院で、熱心な巡礼者が集まっていました。巡礼者は、門前やここに至るまでの道路でも“五体投地”(五体すなわち両手・両膝・額を地面に投げ出し伏して、仏さまを礼拝する方法。仏教において最も丁寧な礼拝方法のひとつ。絶対的な帰依を表す。)を続けていました。

セラ寺(色拉寺)

ラサの北方にあるゲルク派の大寺院です。最盛期には5500人もの僧がここで修行に励みました。『チベット旅行記』で有名な河口慧海や多田等観もここで学びました。

 

セラ寺の裏山の反対側の奥では、「鳥葬」がおこなわれていました。死体を鳥(ハゲワシ等)に食べさせ、天に送ると考える風習です。木のないチベットでは一般的。写真は、その下準備。貧しい方は、河に流します。

デプン寺

ポタラ宮etc

マルポリの南斜面に立つダライ・ラマの宮殿で、高さ115m、東西360m、南北300m。部屋の数は、2000。内部には数多くの壁画、霊塔、彫刻、塑像がありチベット芸術の宝庫。ダライ・ラマ5世が政教両面の権力を掌握した1645年からの約50年間で完成しました。

 

ラサは、チベットの中心にある最大都市です。標高3650m。私はゴルムドからバスで1166km青蔵高原を越えて入りました。途中5231mのタングラ峠もありました。

タール寺(塔爾寺)

チベット仏教ゲルク派六大寺院のひとつ。西寧からバスで進んだ奥地にあります。